仮眠30分

183.仮眠30分

　

　

　

その日も屋上から見える初夏の空は晴れ渡っていて、日陰には少し強いけれど涼しい風が吹いていた。

「だから問題は２日目の理科Ⅰなんだって。」
「俺はそれより３日目の歴史をどうにかすんのが先決だと思う」
「それよか明日の国語の範囲ハンパねえよ。クソ何考えてんだゴリ松！」

「台風来て明日休みになればいいのになーー」
「うん。つーか学校が爆発すりゃいいんだよ。」

どうも頭の良くなさそうな男子２人の声が人気のない屋上に響いていた。
翌日から始まる定期テストの時間割を前に作戦を練っているらしい。
しかし普段テスト勉強というものをしたことがない２人なだけに話し合うだけ無駄なのだが、本人たちはいたって真面目に知恵を出し合っていた。

「あーーーラクしていい点とる方法ねえのかなあ」
「試験監督の背中に年号とか公式書いた紙貼り付けてカンニングするとか」
「……お前、よく考えてみろよ。まずその紙書くのがめんどいんだろ」
「そうか。頭いいな。」

テスト勉強などしたことのない彼らが、今回ばかりは高得点を採ろうと頭をひねっているのには理由があった。

彼らの『家』である孤児院は基本的に経営難で、孤児院では贅沢はしないつつましい暮らしをしていた。しかし、今年の夏は出資者の計らいで夏休みに皆で遊びに出かけようという話が持ち上がった。彼らが夏休みに徒歩圏内以外の場所に出かけられるのは実に数年ぶりであった。どこに出かけようかと園内が湧く中で園長が言った言葉は、彼らにとって少々酷なものであった。

「ちなみにな、風間さんはお前らに勉強も頑張って欲しいとおっしゃってたから、遊びに行く場所は一馬と錦の期末テストの点数によって決めることにするからな。」

全くの寝耳に水であったこの発言に、和やかだったムードは一瞬にして緊張感のあるものとなった。彼らの妹、そして幼なじみからの厳しい視線が突き刺さった。
「なんで」「関係ねえだろ」「どうして一馬と錦山くんなの？よりによって」そんな抗議の言葉も聞き届けられず、園長は点数ごとの目的地を書き連ねていった。

７教科総合　600点以上　遊園地
　　　　　　400点以上　プール
　　　　　　300点以上　デパート
赤点が１つでもある場合　留守番

先ほどまで照っていた太陽も傾き、ヒグラシの鳴き声が聞こえるころ彼らは腰を上げて帰路に着いた。

「園長はどうせ遊園地に連れていく気なんかないのはわかってるとして、プールは絶対に外さないでおこうな。でないと優子と由美がこええ。」
「プールって飛び込み台とか流れるプールとかあるとこだよな？隣町の市営プールじゃなくて」
「各教科確実に60点以上圏内じゃないと難しいぞ。お前、理科Ⅰ中間何点だった？」
「確か･･･32点？」
「うっわーーーーー　単純に考えて２倍？お前徹夜だぞ徹夜！」
「そういうお前は中間で歴史何点だったんだよ」
「･･････26点」
「２倍どころじゃねえじゃねーか。どうすんだよ。」
「うるせえ！どうにかするんだよ！！　とにかく今日は徹夜で勉強するからな！絶対だからな！」
「わかった！　ただいまーー」

夕食を食べ終わった彼らはすぐさま部屋に行き、翌日試験のある教科の教科書を広げて並べて途方に暮れた。

「聞いてねえぞ。なんだこの数学の範囲。この公式とか見たことねえよ。」
「お前必ず寝てたもんな。」
「クソ　この辺は全部丸暗記だとして…」
「教科書って開くと眠くなるよな…。」
「バカ。まだ夜は長いんだぞ！あと……14時間もある！」
「14時間もあるのか。」
「…じゃあちょっとくらい仮眠してもいいよな。今日昼からずっとテストの話してて疲れたし。」
「ああ。今日相当頑張ったよな。よし仮眠30分しよう。」
「その方が頭も冴えて絶対いいよな！」
「うん。30分だけな…」
「ああ。30分だけ…」

その夏、彼らの妹と幼なじみはプールに行った後パフェを食べることができたが、彼らは今年も徒歩圏内から出ずに40日間の夏休みを過ごすことになるのだった。
　

　

08/07/28//

ブラウザでお戻り下さい。